福岡高等裁判所 平成12年(う)187号 判決 2000年9月21日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、解任前の国選弁護人芦塚増美提出の控訴趣意書及び私選弁護人山本一行提出の控訴趣意補充書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、要するに、原判決の量刑は重すぎて不当であり、刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。
一 原判示第一及び第二の各電子計算機損壊等業務妨害罪の成否について
論旨に先立ち、原判示第一及び第二の各電子計算機損壊業務妨害罪の成否について検討する。
原判決は、犯罪事実第一及び第二において、被告人が、(1)原審相被告人甲野太郎ほか三名と共謀の上、パチンコ遊技台に取り付けられた電磁的記録である通称「ロム」を被告人らの用意したロムに変換し、後刻右パチンコ遊技台を不正に操作してパチンコ玉を取得しようと企て、深夜、宮崎県延岡市内のパチンコ店内に出入口ドアの施錠を外して侵入した上、同店内において、パチンコ遊技台一五台に取り付けられた電子計算機である各主基板から、いわゆる「大当たり」を発生させるための用に供する情報が記録されたロムを取り外し、被告人らの用意した不正に作成されたロムを取り付けて交換し、「大当たり」を人為的に発生させることを可能にする虚偽の情報を各主基板に与え、もって、人の業務に使用する電子計算機の用に供する電磁的記録を損壊するとともに、電子計算機に不正な指令を与えて使用目的に反する動作をさせ、右パチンコ店の業務を妨害し(原判示第一)、(2)甲野太郎ほか六名らと共謀の上、パチンコ店のパチンコ遊技台に取り付けられた電子計算機の主基板と中継基板を接続する配線ケーブルであるいわゆるフラットハーネスを取り外して窃取し、あらかじめ被告人らの用意したフラットハーネスと取り替える方法により、後刻右パチンコ遊技台を不正に操作してパチンコ玉を取得しようと企て、昼間、福岡県糟屋郡新宮町内のパチンコ店において、パチンコ遊技台一台から同台に取り付けられフラットハーネスを取り外して窃取した上、同台に被告人らの用意したいわゆる「大当たり」を発生させるための用に供する情報が記録された基板を不正に取り付けたフラットハーネス一個を取り付けて交換し、「大当たり」を人為的に発生させることを可能にする虚偽の情報を主基板に与え、もって、人の業務に使用する電子計算機を損壊するとともに、電子計算機に虚偽の情報を与えて使用目的に反する動作をさせ、右パチンコ店の業務を妨害した(原判示第二)旨認定判示し、建造物侵入罪、窃盗罪のほかに二個の電子計算機損壊等業務妨害罪の成立を認めている。
しかし、原審において取り調べられた関係各証拠を検討すると、本件各パチンコ遊技台に取り付けられた電子計算機は、刑法二三四条の二における加害の対象である「業務に使用する電子計算機」に該当するとはいえないのみならず、「電子計算機に使用目的に沿うべき動作をさせず、又は使用目的に反する動作をさせ」た(いわゆる動作阻害)事実も認め難いというべきであるから、電子計算機損壊等業務妨害罪は成立しないものというべきである。以下、その理由について説明を加える。
1 関係各証拠によれば、原判示第一及び第二のパチンコ遊技台に組み込まれている電子計算機部分はCPU(中央演算処理装置)、ラム、ロム等の電子部品から構成されているもので、いわゆる大当たりの確率変動機能を持ちパチンコ玉の出方を制御するという業務に関する機能を果たしているものではあるが、これらはあらかじめロムに書き込まれているプログラムどおりにパチンコ遊技台を忠実に動作させるにすぎないもので、その動作内容は、発射されたパチンコ玉がゲートを通過すると、センサーがこれを感知してCPUにその旨の信号が伝えられ、その時点における内部乱数表の数字が順次読み取られ、それがあらかじめロムに書き込まれている大当たりの数字と一致すれば、大当たりになるシステムが作動するという仕組みであり、乱数表が組み込まれ確率的な操作が可能になっているとはいえ、結局は、ロムに入っている情報をCPUが読み取り、そのとおりに操作するというものであって、機械的操作としてみれば、その仕組みはむしろ単純なものと認められる。すなわち、本件パチンコ遊技台に取り付けられている電子計算機は、パチンコ遊技台の動作に関する新たな情報が入力されてそれが集積されるなどして情報の処理がされるという機能はなく、あらかじめ定められた一定の条件が発生すれば、ロムに読み込まれているとおりの動作をさせる制御機能が与えられているにとどまるものであり、しかも、その制御の及ぶ範囲も、当該のパチンコ遊技台に限定されているものである。
2 ところで、刑法二三四条の二の電子計算機損壊等業務妨害罪は、電子計算機の普及に伴い、従来は人の身体動作等によって遂行されていた業務処理が、電子情報処理組織による自動的な処理によって行われるようになり、その結果、業務妨害行為が業務を遂行している人に対する加害のほか、電子情報処理組織そのものに対する加害によっても行われるようになり、これにより従来に比しはるかに重大な業務妨害が行われ、かつこれが間接的には国民生活にも大きな影響を及ぼすおそれが出てきたことから、同法二三三条及び二三四条に定める業務妨害罪とは別に電子情報処理組織の中心的存在としての電子計算機に対する加害を手段とする新しい類型の業務妨害罪を定めるとともに、より重い法定刑を定めたものである。このような立法趣旨にかんがみると、電子計算機損壊等業務妨害罪にいう「業務に使用する電子計算機」とは、それ自体が自動的に情報処理を行う装置として一定の独立性をもって業務に用いられるもの、すなわち、それ自体が情報を集積してこれを処理し、あるいは、外部からの情報を採り入れながらこれに対応してある程度複雑、高度もしくは広範な業務を制御するような機能を備えたものであることを要するものというべきであり、そのような性能、実態を備えている電子計算機をいうものと解するのが相当である。立法担当者の解説にも、刑法二三四条の二にいう業務妨害罪との関係では、自動販売機に組み込まれたマイクロコンピューターは、販売機としての機能を高めるための部品にとどまるものであって、同条の電子計算機には当たらないとされ、これに該当しないものの例示とされているが、この点にも右の趣旨をうかがうことができる。そうすると、本件パチンコ遊技台の電子計算機部分は、前記のとおり、一定の作業をあらかじめロムに書き込まれているプログラムどおりに作動させるにとどまり、その内容も比較的単純なもので、あくまでも当該機械の動作を制御するにとどまるものであり、ましてや、パチンコ営業に関する情報を集積して事務処理をしたり、複雑、高度な業務の制御をするといえるような機能、実態をそなえているとはいえないものであって、結局、自動販売機の電子計算機部分と同様に、個々のパチンコ遊技台の機能を向上させる部品の役割を果たしているにすぎないと認められるから、刑法二三四条の二にいう「業務に使用する電子計算機」にはいまだ該当しないと解するのが相当である(ちなみに、自動販売機も、CPU、ラム、ロム等から構成される電子計算機部分を含み、あらかじめ一定の条件が生じたらそれに沿った結果を生じさせる機能、すなわち、入金と商品の選定が行われれば、入金額を識別した上、その商品の入れてある部分のレバーを作動させ商品を取り出し口に送り込むとともに、釣り銭を正確に返却するという販売機能の重要な部分を制御するものとしてロムの情報が構成され、CPUで操作して指令を出すという仕組みであり、その限りで自動販売機における販売業務を機能的に制御しているといえるものであるが、その内容はそれほど複雑、高度といえるものではない上、その機能の及ぶ範囲はいずれも当該機械に局限されているものであり、本件パチンコ遊技台の電子計算機部分をこれと比較しても、両者の間に本質的な差異があるとはいい難い。)。
3 なお、関係証拠によれば、原判示第一の事案においては、正規のロムを裏ロムに取り替えたパチンコ遊技台については、当日朝の営業前の点検で不正にロムが交換されたことが発見されていることが認められることから、刑法二三四条の二にいう「電子計算機に使用目的に沿うべき動作をさせず、又は使用目的に反する動作をさせ」たという動作阻害の要件をいまだ充足しているとはいい難く、また、原判示第二の事案においても、正規のフラットハーネスを裏ハーネスに取り替えた直後に、パチンコ店従業員にこれを発見され、裏ハーネス(裏ロムと同様の機能を果たすもの)が取り外され、その結果動作阻害が生じなかった疑いが残るというべきであるから、同様に右要件をいまだ充足しているといえるかについては、なお合理的な疑いが残り、いずれも犯罪としては未遂にとどまると見る余地があるところ、未遂を処罰する規定はないから、この点からも、本件の取り替え行為については、刑法二三四条の二の電子計算機損壊等業務妨害罪は成立しないと解する余地がある。
4 しかしながら、このようなロムやフラットハーネスの取り替えにより、これらのパチンコ遊技台を営業の用に供することが相当期間不可能になり、それにより各パチンコ店の営業が一部妨げられたことは明らかであるから、当審において追加された予備的訴因である刑法二三三条に定める偽計を用いた業務妨害罪の成立についてはこれを免れないものといわなければならない。
5 そうすると、原判決は、原判示第一及び第二において、それぞれ電子計算機損壊等業務妨害罪の成立を認めた点において法令の解釈、適用を誤ったものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるところ、原判決中被告人に関する部分は、全部の罪につき一個の刑を科しているから、結局その全部について破棄を免れない。
二 破棄自判
よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用し、当審において追加された予備的訴因により、更に次のとおり判決する。
(原判示犯罪事実第一及び第二の各事実に代えて当裁判所が新たに確認した事実)
第一 被告人は、原審相被告人甲野太郎、乙川次郎、丙田三郎、丁山花子と共謀の上、パチンコ店のパチンコ遊技台に取り付けられた通称「ロム」を被告らの用意したロムに交換し、後刻右パチンコ遊技台を不正に操作してパチンコ玉を取得しようと企て、平成一一年六月四日午前二時ころ、株式会社A観光(代表取締役春野四郎)経営にかかる夏野五郎の看守する宮崎県延岡市平原町四丁目<番地略>所在のパチンコ店「A延岡店」店舗内に、東側出入口ドアの施錠を外して侵入した上、同店舗内において、パチンコ遊技台「CRギンギンパラダイス」七台及び「ミルキーバー」八台に取り付けられた各主基板から、いわゆる「大当たり」を発生させるための用に供する情報が記録されたロムを取り外し、被告人らの用意した不正に作成されたロムを取り付けて交換し、これらのパチンコ遊技台の正常な機能を失わせて、これを営業に使用することを不可能にし、もって、偽計を用いて同社の業務を妨害した。
第二 被告人らは、前記甲野太郎、乙川次郎、丙田三郎、丁山花子、秋野六郎、冬野七郎、東野八郎らと共謀の上、パチンコ店のパチンコ遊技台の部品として取り付けられたいわゆるフラットハーネスを取り外し窃取し、あらかじめ被告人らの用意したフラットハーネスと取り替える方法により、後刻右パチンコ遊技台を不正に操作してパチンコ玉を取得しようと企て、平成一一年八月二四日午前一一時ころ、株式会社B(代表取締役西野九郎)経営にかかる福岡県糟屋郡新宮町大字三代<番地略>所在のパチンコ店「B新宮店」において、右西野の管理にかかるパチンコ遊技台二〇一番台から、同台に取り付けられたフラットハーネス一個(時価四五〇円相当)を取り外して窃取した上、かわりに、同台に被告人らの用意した不正な情報が記録された基板を取り付けたフラットハーネス一個を取り付けて、右パチンコ遊技台の正常な機能を失わせて、これを営業に使用することを不可能にし、もって、偽計を用いて同社の業務を妨害した。
(右認定事実についての証拠の標目)
原判決の挙示する原判示犯罪事実第一及び第二の各事実に対する証拠と同一である。
(判示第一及び第二について、主位的訴因の電子計算機損壊等業務妨害罪の成立を認めず、当審における予備的訴因の偽計業務妨害罪の成立を認めた理由)
平成一一年一〇月一三日付け起訴状記載の公訴事実及び同年一一月四日付け起訴状記載の公訴事実について、いずれも、主位的訴因の電子計算機損壊等業務妨害罪の成立を認めず、当審において追加された予備的訴因の偽計業務妨害罪の成立を認めた理由は、前記一記載のとおりである。
(法令の適用)
被告人の判示第一の行為のうち、建造物侵入の点は刑法六〇条、一三〇条前段に、偽計業務妨害の点は同法六〇条、二三三条に、判示第二の行為のうち、窃盗の点は同法六〇条、二三五条に、偽計業務妨害の点は同法六〇条、二三三条に、原判示第三の行為は同法六〇条、旅券法二三条一項一号に、原判示第四の行為は平成一一年法律第一三五号による改正前の出入国管理及び難民認定法七〇条五号にそれぞれ該当し、判示第一の建造物侵入と偽計業務妨害との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽計業務妨害の罪の刑で、判示第二の窃盗と偽計業務妨害は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い窃盗の罪の刑でそれぞれ処断することとし、判示第一、原判示第三及び同第四の各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担をさせないこととする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、(1)原審相被告人の実弟や他の日本人及び中国人共犯者らと共に、集団でパチンコ店からパチンコ玉を不正に取得しようと企て、深夜パチンコ店に出入口の施錠を壊して侵入し、又は昼間パチンコ店において、正規のロムを裏ロムに交換し、又は正規のフラットハーネスを窃取した上、裏ハーネスに交換をして、パチンコ店の業務を妨害するなどしたという建造物侵入、窃盗、偽計業務妨害の事案(判示第一及び第二)、(2)日本人共犯者らと共に、被告人の顔写真を提出して共犯者名義の旅券の交付を受けた旅券法違反の事案(原判示第三)、及び、(3)在留期間の更新又は変更を受けないで約九年近く不法に本邦に残留したという出入国管理及び難民認定法違反の事案(原判示第四)である。
1 まず、偽計業務妨害等の事案(判示第一及び第二)についてみるに、本件は、中国人のいわゆるゴト師グループと日本人グループが結託して犯した組織的、職業的犯行であり、それ自体悪質である。判示第一の犯行態様は、あらかじめ侵入するパチンコ店を下見した上、営業が終了した深夜、防犯センサーを破壊するなどしてパチンコ店内に侵入し、多数のパチンコ遊技台の正規ロムを裏ロムに交換したというものであり、判示第二の犯行態様も、昼間、営業中のパチンコ店に多数の仲間とともに赴き、仲間が店員の注意をそらすなどしている間に、パチンコ遊技台を開けて正規のハーネスを盗んで裏ハーネスに交換したというもので、いずれも巧妙かつ大胆な手口によるものであって、犯行態様も悪質である。特に、最近、パチンコ店において同種手口による被害が多発しており、これらの被害の再発を防止することが強く要請されている。本件犯行により、特に延岡の被害店の営業については、相当多額の損害が生じている。また、被害にあったことによりいずれの店でも顧客に対する信用を失う不安を抱いている。被害関係者らは、被告人らに対する厳しい処罰を求めている。
その中で、被告人は、日本人グループと他の中国人グループを結びつけ、裏ロム及び裏ハーネスを入手して犯行に及ぶなど、重要な役割を果たしていたものである。中国人グループの中でも比較的重要な地位を占める者の一人と認められる。
2 次に、旅券法違反及び出入国管理及び難民認定法違反の事案についてみるに、被告人が不正に本邦に残留した期間は、約九年もの長期に及んでいる。不正に旅券を取得したのも、不法出国するためであり、しかも、その取得を暴力団関係者に依頼し、他の共犯者らとの周到な計画に基づいて犯したものであって、犯情は悪質である。これらの行為は、我が国の適正な出入国管理行政を著しく損なうものであり、これらの行為だけでも、厳しい非難を免れない。
3 他方、被告人は現在では自己の行為を反省していること、被告人には前科がないこと、日本人の内縁の妻との間に子供が誕生していることなど、被告人のために酌むべき事情が認められる。
4 しかし、被告人は、以上のとおり、不法滞在をしたばかりか、その間に、違法行為を行い、組織的な犯行に加わってかなり重要な役割を果たし、かつ旅券まで不正に交付を受けていることからすると、被告人の刑責は相当重いといわなければならない。したがって、本件については、刑の執行を猶予するのを相当とする情状は到底認められないが、原判決が被告人を懲役四年に処したのはやや重すぎると認められる。そこで被告人を懲役三年に処するのを相当と認める。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・小出錞一、裁判官・若宮利信、裁判官・古川龍一)